映画

旧劇場版エヴァ「Air」で描かれた「私の知らなかったもの」

食えない、肉

何だこれ…どうしよう、ちょっともう無理かも…席立っちゃおうかな、吐きそう…ああ…ぁ…。

2本立てで公開された「新世紀エヴァンゲリオン劇場版」その冒頭1エピソード目である「Air」を初めて劇場で観た時の、主の心の中はとてつもなくカオティックなものでした。

映像やストーリーが、予想に反してショッキング度の高い陰惨なものだったからです。

後につづく2エピソード目である「まごころを、君に」を、こんな気持ちで観れるんだろうか…もっとグロい映像出てくるんじゃないの…耐えれないかも…と本気で心配するくらい、主は混乱し、また動揺もしていました。

こみあげる吐き気と闘いながら、恐る恐る最後までちゃんと映画を観終えることはできたのですが、ショックからその後1週間ほどは、肉類を口にすることができませんでした(デリケート)。

しかしそんな「Air」ですが、主はそれからの人生で何回も何十回もこの映像作品を観ることになります。

あんな目にあいながら、それでも不思議とこの作品でなければ満たされない何かがあり、ソフトを購入して、事あるごとに見続けていたのです。

単純に「面白い」というのとはちょっと違う、不思議で独特な感覚…長らくその原因は自分でも分かりませんでした。

あられもない、描写

ヒドい描写って言ったってアニメでしょ…と思う方もいるでしょう。

「エヴァンゲリオン」という作品を見たことがある人ならばわかると思うのですが、「エヴァ」は、地上波で放送されていたアニメ作品ながらその容赦ない残酷描写でも話題になっていました。

あくまでも「人間の」ではなくて、「人間みたいな内部構造をもった機械の」ではありますが、ロボットのくせにその頭とかお腹から平気で〇〇が〇〇したりするんです(自粛)。

当然、実写じゃなくてアニメーションだし、勿論完全にフィクションなのですが(だから許されたんでしょう)、そういった血みどろの映像が夕飯どき真っ只中の18:30から放映されていたことも今となっては衝撃的です。

でも、そんなテレビシリーズをビデオ録画して繰り返し見ていた主は、そういう描写に「慣れていた」というか、テレビシリーズで「免疫ができていた」つもりだったのです(過信って怖い)。

しかし見たかったものがやっと見れる!と、ワクワクのボルテージを最大限まで上げに上げて、前のめりになって臨んだ「Air」の映像は、テレビシリーズのそれとは比べ物にならない程、ひどく陰惨で衝撃的すぎる、主のキャパを優に超えた代物だったのです。

一体どんな?スクリーンには何が映されていたと思いますか?

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